黄金樹のねもとの隠れ家

「スカーはキスするのって好きか？」
人の上に腹ばいで乗っかる横暴から
次はこんな突拍子もない質問を投げられ
しばらくスカーは顔をしかめて回答することを放棄した
腹の上の住人であるジェイドの身体は普段より火照っている
というのもいい年のスカーもジェイドも久々にふたりでゆっくり過ごせる時間のなか
わずかだがアルコールを摂取していた
少ないくらいではあるが、司法上酒を口にする機会の制限されるジェイドには飲み慣れないもので
それをスカーフェイスのペースに合わせて飲んだのだから少量でも酔いがまわる

「あー･･･」
たとえ相手がジェイドであっても酔っ払いに絡まれるのは至極面倒だ
しかしここは心理戦の匠であるスカーフェイスである
この酔っ払いを沈静させる自信があった
なかなか返答しないスカーにジェイドはいぶかしんでスカーの表情を伺っている
その顔を両の手でがっちり捕らえ、指先でジェイドの唇を意味深げになぞった

「おめぇとのキスは極上だぜ」
ふたりのあいだで時間が止まった

「･･････」
一拍二拍と再び時を刻んだのはジェイドの頬だった
赤くじんわり滲むように広がっていく赤はついにジェイドの顔全体を覆い尽くして
大粒の涙が溢れてきたときはスカーもぎょっと度肝を抜かれてしまった

「お、おい」
まさか泣くとは考えてもみなかった、スカーすら予測できない事態に一番混乱してるのはスカー自身だ
赤面するところまでは予想通りだったのだ
ジェイドのことだから羞恥に耐えられなくて部屋の隅にでも引っ込むものとひとつ推測していた
それがこの展開である
本当にどうしたらいいかわからないスカーの腕は宙を彷徨った
抱きすくめて宥めるのも考えたが、あまりに大泣きするジェイドが腫れ物のようで触れるのが躊躇われた

どうしたらいいものかとあたふたするスカーの腹に伏せていたジェイドが突如身を起こした
馬乗りのような体勢になって高みから見下ろす翡翠は大粒の雫を溢れさせて揺ら揺ら輝くのが、とても美しかった
思わず触れてみたくなって手を伸ばすのをジェイドに捕らえられる
そしてそれはジェイドの顔の前まで引き寄せられ、広げられた手のひらに火照るジェイドの唇が押し付けられた

「ありがとう･･･」
熱のこもった吐息といっしょに手のひらに伝わった言葉
その意味をスカーは一瞬図りかねた

「嬉しい」
続けられた言葉といっしょにジェイドの身体が傾げてスカーの首を抱きしめた
スカーもようやくジェイドの一連の行動の真意を理解してその身体を抱きしめ返した
思考がひとつ足りないこの恋人の言動ひとつひとつがスカーには愛しくて仕方がなかった
いつだってスカーの予想を超えるこの恋人をスカーは手放せそうになく、手放す気など露ほどもなかった

「ジェイド」
「お前の極上のそれ、味わさせてくれよ」
耳元で囁いて可愛らしいその唇を撫でるようになぞった
ジェイドは首を起こしてスカーの瞳を覗き込み笑みを浮かべて好きなだけ味わって、と承諾した

半開きの肉つき薄いジェイドの唇は乾燥荒れもなく綺麗に整っている
僅かな湿り気を帯びた皮膚の表面を吸うように唇を重ねた

スカーがジェイドに贈った言葉に偽りはない
実際このようにジェイドと交わすキスはスカーにとってなんともいえぬ心地よさがあった
それは巧みなテクニックを駆使するわけではない
ジェイドがジェイドゆえに持ち合わせた天性の才能と、スカーは考えていた

ついばむように食むようにすれば存外柔らかな肉の感触
ジェイドもただ成すがままというわけではなく時折スカーの唇をはさみ返す
唇全体を覆いかぶせて吸い上げるとジェイドの目が心地よさげに細められる
舌を這わせれば唇が震えながら広がっていく
そこに舌を差し込めば決まってジェイドは唇をすぼめて舌先を吸う仕草をとる
舌を捕らえれば鼻にかかったような甘い声が漏れる
吐息を交し合うような深いキスもいっぱいいっぱいの表情で受け入れる

これを極上と言わずになんと言う
少なくともそれ以上の言葉をスカーは知らなかった

「スカー」
「俺もスカーのキスが好きだ」
幸せで胸がいっぱいになるんだ、ジェイドのキスの合間に告げられた言葉にスカーの胸のうちが熱くなった


そして今度はスカーがその目から熱い雫を零す番だった


 

[3回]